近江八幡市ゆかりの人物1『豊臣秀次』

滋賀県の真ん中に位置する近江八幡市ゆかりの人物を紹介します。

第1回は『豊臣秀次(羽柴秀次)』です。

悲劇の武将として有名で、能力については評価が分かれていますが、少なくとも近江八幡市にとっては現在の近江八幡市の基礎を作った人物として評価されています。

八幡公園_豊臣秀次像

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豊臣秀次と近江八幡

生涯

  • 1568年:豊臣秀吉の姉の長男として生まれる
  • 1572年:宮部継潤の養子となり宮部吉継を名乗る(人質)
  • 1573年:小谷城陥落により浅井氏滅亡、人質終了
  • 時期不明:三好康長の養子となり、三好信吉と名乗る
  • 1582年:本能寺の変
  • 1583年:池田恒興の娘(若政所)と結婚
  • 1584年:秀吉が信長の後継として天下人になるとともに、羽柴信吉に改名
  • 1584年:小牧・長久手の戦いで敗北を喫し、秀吉から厳しく叱責される
  • 1585年:紀伊雑賀征伐、四国征伐で功績を上げる
  • 1585年:羽柴秀次に改名
  • 1585年:四国征伐の功績により、43万石の領主として近江八幡に赴任(当時18歳)
  • 1586年八幡山城を築城
  • 1587年:池田恒興の娘と結婚
  • 1590年:尾張清洲城主に転封
  • 1591年:秀吉が太閤に、豊臣秀次に改名し関白になる
  • 1593年:秀吉と淀殿の間に後の豊臣秀頼が誕生
  • 1595年:謀反の噂により7月15日に高野山で切腹(28歳)

何回も名前が変わっていることからわかるように、秀吉に利用された人生と言えます。

近江八幡市に直接かかわったのは1585年~1590年の5年間ほどです。町づくりに於いても秀吉の指図や家臣の助力はあったようですが、青年領主として差配した逸話も多く残っています。

 

豊臣秀次の命日である7月15日には、現在八幡山の山頂にある瑞龍寺の住職により供養が行われています。

八幡山山頂の散策と「村雲御所瑞龍寺門跡」参拝
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八幡山城と城下町

秀次が城を築いた八幡山からは、琵琶湖や八幡城下が一望できます。

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八幡山の麓に作られた水路が八幡堀。当時は今ほど琵琶湖の干拓がされていないので、琵琶湖はもっと近かったです。

八幡堀
滋賀県近江八幡市の八幡山の麓にある八幡堀を紹介します。 八幡堀とは 八幡堀は豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が八幡山…

 

安土城落城後の安土城下町の町人が転居して作られた近江八幡の街並みは、今も近江八幡市に残っています。また、ここから多くの近江商人が全国に出て行きました。

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銅像を訪ねて

近江八幡市には豊臣秀次の銅像が2ヶ所にあります(たぶん)。

八幡公園

秀次が城を築いた八幡山の麓にある公園です。

ここから八幡山に登ることもできます。

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八幡山公園_豊臣秀次公銅像

観光パンフレットで秀次の紹介があると載っている銅像ですね。こちらの銅像は八幡堀からも近いので見に行きやすいです。八幡山登山のついでに見ることもできます。

と言ってもほとんど見に行く人はいませんが・・・。

豊臣秀次公像20201211

秋の紅葉時の様子(2020年12月11日)。せっかく紅葉が綺麗なのですが、誰も人はいません。

この銅像を駅前など、他の場所に移設する計画があるようです。確かにホントに人が来ない場所なので移設した方が良いです。駅前よりは八幡山の山頂に持って行って欲しい。

日野川沿い

問題はもう一つ。何故ここにつくったん?という謎場所です。誰も見に来ない。

国道8号線と並行して走る、野洲と近江八幡の抜け道として便利なおそらく農道。

日野川に架かる「きりはらしんばし」のたもとにあります。

豊臣秀次公_水争い裁きの像

・・・これは豊臣秀次公では無いですよ。

 

豊臣秀次公_水争い裁きの像

こちらが豊臣秀次公です。

何をしている像かと言うと、『豊臣秀次公水争い裁きの像』というものです。

日野川水脈が枯渇し流血騒動となった1586年に、江頭、十王両村名主が水争いの裁きを秀次公に直訴しました。秀次は家老田中吉政と共に領地を視察し、双方を納得させて穏便に水争いを鎮めたとのことです。

四十三万石の領主が百姓の水争いに直接出ていき、双方の言い分を聞いて裁定をするというのは、中々できることではありません。

像は秀次の裁定を庄屋三人像が聞いている様子になってます。

ちなみに、2つの像は道路を挟んだ両側に向かい合うように置かれています。逸話を知らないと???な感じですね。

 

近江八幡市民ですら、この像の存在は誰も知らないんじゃというほど何もないところにありますが、2016年から稼働となった新しいごみ処理施設「近江八幡市環境エネルギーセンター」への入り口にあるので、粗大ごみとかを捨てに行くと目にすることができます。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。

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